フォードにとって、ラリーは「血」そのものです。厳しいモータースポーツの舞台が、ヨーロッパ向け車両の走行性能や耐久性、存在感を何世代にもわたって形作ってきました。2028年のWRCフルファクトリー復帰と、2029年に向けた5台の「ラリー育ち」新型モデル発表を控える今、その歴史を象徴する9台の名車を振り返ります。
語り手は、ラリー界のレジェンド、マルコム・ウィルソンOBE氏です。元フォードのラリードライバーであり、1997年からフォードのラリーパートナーを務めるM-Sportの創設者兼マネージングディレクター。2006年・2007年・2017年のメーカーズタイトル獲得を導き、現在はFIAのスポーツ担当副会長も務めています。
1. Mk I エスコート(1968-1974)

速く、タフで、信頼性の高い初代エスコート。1970年のワールドカップ・ラリー(ロンドン〜メキシコシティ、総走行距離4万キロ超)を制したことでその実力を示しました。ツインカム、メキシコ、RS1600、RS2000と高性能仕様が次々と投入され、RS1600は1973年フィンランドの1000湖ラリーで初のWRC勝利を飾り、同年のRACラリーでは1-2-3フィニッシュを達成しました。
ウィルソン氏はこう振り返ります。
「成功の理由は、エスコートのシャシーにほぼどんなエンジンでも載せられたこと。1300ccのクロスフローからグループ4仕様のコスワースBDGまで、予算に合わせてカテゴリーを選べたんです。」
2. Mk II エスコート(1974-1982)

先代の流れを継ぎつつ、細部を磨き上げた2代目。RS1800が主力となり、1979年にはビヨルン・ワルデガルドのドライブでドライバーズ&メーカーズのダブルタイトルを獲得。1981年にはアリ・バタネンがドライバーズタイトルを防衛しました。四輪駆動車が台頭する中でも、後輪駆動のRS1800は健闘を続けました。
「Mk Iの進化版で、サスペンションジオメトリーが改善され、エンジンも進化していました。私自身、ナショナル選手権を2度制し、国際戦でも結果を残せた。本当に楽しいクルマで、非常に運転しやすかったです。」
3. RS200(1985-1986)

最初からラリーカーとして設計されたラジカルな一台。グループBホモロゲーションのため市販車はわずか200台。コスワース製エンジンをミッドシップに積み、四輪駆動、選択式のパワー配分、FRPボディ、各輪にツインダンパーを採用しました。1986年シーズン2戦目で早くも表彰台に上がりましたが、グループBの廃止により競技キャリアは短命に終わりました。
「ポテンシャルは計り知れないものがありました。シャシーとサスペンションは傑出していました。重量がやや重めで、四輪駆動システムも複雑でしたが、特にサファリやアクロポリスのような過酷なイベントでは世界を制するクルマになれたはずです。」
4. シエラ RS コスワース(1987-1992)

サーキットで即成功を収めたターボ車。コスワースが開発した2.0リッターターボを搭載し、市販車でも204PSを発生。四輪駆動ではないにもかかわらず、1988年のコルシカ・ラリーで四輪駆動車を抑えて優勝。1990年にはシエラ・サファイアRSコスワース4×4が登場し、その後のシーズンで7度の表彰台を獲得しました。
「素晴らしいパッケージでした。大きなクルマでありながら最低重量まで削り込み、フィンランドでは本当に良いタイムが出ました。最終的には非常に競争力のあるクルマになり、WRC優勝も果たしています。世界選手権を獲れるポテンシャルがありました。」
5. エスコート RS コスワース(1993-1998)

より軽く、より機敏なマシンを目指して登場。見た目はエスコートですが、駆動系とシャシーはシエラRSコスワースをベースにしつつ、コンパクトなボディと迫力ある前後ウイングでステージでの運動性能を高めました。デビュー戦で2位・3位、初年度に5勝を挙げる即戦力ぶりを発揮しました。
「初期のテストでシエラとバック・トゥ・バックで比較しましたが、明らかにポテンシャルが高かった。フランソワ・デラクールが事故に遭わなければ世界選手権を獲っていたと思いますし、私自身も1994年にこのクルマで英国選手権を制しています。」
6. Mk I フォーカス WRC(1999-2004)

初代フォーカスをベースに1999年に登場。デビューシーズンにサファリ・ラリー・ケニアを含む2勝を挙げ、その後も14勝を積み重ねました。2001年にはドライバーズタイトルをわずか1ポイント差で逃す惜しいシーズンも経験しています。
「ロードカーと並んでパリ・モーターショーに展示するため、わずか18カ月で開発したクレイジーなプロジェクトでした。横置きエンジンで重量配分が不利に思われましたが、急速に進化しました。3戦目で世界一過酷なラリーを制し、続いてスプリント系のポルトガルでも勝つ。コリン・マクレーの派手なスタイルの裏側には、本当に優れたメカニカル理解がありました。」
7. Mk II フォーカス WRC(2005-2010)

2代目フォーカスをベースにしたフォーカスRS WRC 06が2005年に登場。空力とボディ剛性が向上し、2006年に8勝を挙げて1979年以来のメーカーズタイトルを獲得。翌年も防衛に成功しました。2世代通算で173戦、44勝、142回の表彰台、2度の世界選手権タイトルを達成しています。
「フォードのエンジニアリング支援が素晴らしく、量産部品を可能な限り最適化しました。重量配分と重心に特に力を入れ、スペアタイヤをトランク床下に置くなど工夫しました。約10年かけてたどり着いたタイトル。全員にとって大きな瞬間でした。」
8. フィエスタ WRC(2011-2021)

新レギュレーションに対応したフィエスタRS WRCが2011年にデビュー。1.6リッターEcoBoostターボを搭載し、初年度3勝、2012年も3勝を含む18回の表彰台を獲得。2017年に登場したフィエスタWRCは空力を強化し、セバスチャン・オジェ/ジュリアン・イングラッシア組でドライバーズ・コドライバーズ・メーカーズの三冠を達成。2018年もドライバーズとコドライバーズタイトルを防衛しました。
「2011年のスウェーデンでデビューウィンを飾りました。前年から走らせていたスーパー2000フィエスタの発展形でした。正直、私たちが開発した中で最高の一台の一つだと思います。エスコートやフォーカスばかりが語られがちですが、フィエスタは複数の世界選手権を獲ったクルマなんです。」
9. プーマ Rally1(2022-現在)

新Rally1レギュレーションに対応して2022年に登場。合成燃料とハイブリッドシステムを採用し、市販のプーマ EcoBoost Hybridとの技術的なつながりも持っています。デビュー戦のモンテカルロ・ラリーで優勝し、その後も2勝と8回の表彰台を獲得しています。
「セバスチャン・ローブとのデビューウィンはまさに夢のスタート。初めて組んだコドライバーと、ほとんどテストをせずにモンテカルロを制したんです。セットアップをほとんど変えなかった。過去10年、私たちが相手にしてきた相手の凄さを改めて実感しました。」
これら9台は、単なるレースマシンではありません。フォードが「ラリーの舞台で得た教訓を、日常の道を走るクルマにどう活かすか」を体現してきた存在です。2028年からのフルファクトリー復帰と、2029年の新型「ラリー育ち」モデルは、この長い物語の次の章となります。